www を検索 denden-town.or.jp を検

サイトマップ

日本橋電気屋物語

第六話 「旭電化

2007.07.14


 五階本通りを堺筋から一本西へ入って一つ目の道を南へ、西側1軒目の店が閉まってて、2軒目がビデオ屋、3軒目が今は工具屋の倉庫で其の隣の角店が「旭 電化」なので す。大体「電化」て名前に付いてる電気屋は白物屋が多いのです。「無線」て付いてるのは黒物屋、AVショップが多いのです。AVと言ってもアダルトビデオ じゃあ無く、オーディオ&ビジュアルの略なのです。この辺りのお店で作る組合「日本橋商店会」にも加盟して いるのです。社長が藤本義男、副社長が中村義和なのです。社長は既に高齢で引退なされていて、実質的な経営者は義和なのです。


店を北東から見たところ


南東から見ると


この義和、元々は京都の老舗旅 館の長男として生まれたのです。若い頃には色々滅茶をやって親を泣かせたのですが、結婚を機に真人間になって旅館の切り盛りをしたのです。結婚して5年、 32歳の時に父親が病気で倒れたのです。そして事実上の経営者と成ったのです。今でこそ遊び人風なんですが、当時は一生懸命に働いたのです。当時相場が 7,000円のところを一泊二食付きで3,500円で旅行社から注文を取ったのです。大忙しになったのです。しかし、旅館の 主人と言うものは元々すっごくハードな仕事なのです。挙句の果てが病気になってしまったのです。3回も救急車で運ばれたのです。


ポータブルDVDや固定式便座が・・


店の真ん中に大型冷蔵庫が


其の頃、
丁度 木造の旅館を建て替 えるお話が出ていたのですが、義和は病気が回復してから考えたのです。彼が頭を使ったのはこ の時一回だけとの噂も有るのですが真偽のほどは定かで無いのです。丁度、ホテルニュージャパンの火事が有り、建築基準法は火災に大変厳しくなって いたのです。彼が 出した結論とは、旅館を廃業してビルを建て貸ビル業を営む事だったのです。


盆栽風の飾りなのです


売り物なんですが、見物なんです


結構広く て場所も東洞院通りに面した、丁度六角堂の裏になる一等地なのです。直ぐ満室になり、ビル経営は順調だったのです。「旭電化」は嫁の母が実質的な経営者 だったのですが、病気で入退院を繰り返している時に京都のビルが建築中だったので、暇を持て余した義和が「旭電化」を手伝いに来て、其のままお母さんに懇 願されて経営する事となったのです。お父さんの方は元々「散髪屋」だったのですが、昭和30年頃にお母さんが電気 屋を始めてしまって、乗っ取られてしま い、其れを義和がまた乗っ取ったのです。義和39歳の時だったのです。代わりに嫁は京都のビルを乗っ 取ったのです。まあ、所謂スワッピングとも申しますのでしょうかねえ。現在も嫁の母は入院中、お父さんは毎日病院に見舞いに行くのです。嫁は週に何度か世 話をしに来、義和は月に二度ほど京都の家に帰る のです。最盛期には従業員が5人、父、母、義和と8人がかりで商売していたのです。4年ほど前から最後の従業員が辞め、現在は義和一人で頑張っているので す。


奥から手を振る中村義和副社長


お客様、おもてなしセット

丁度、一人になった頃にパソコンを覚えたのです。覚えたと言っても、最大 はインターネット通信麻雀なんですけどね。此れで暇な時も時間を持て余す事が 無くなったのです。今も京都旅館組合のコネクションで結構な商売をしているのです。そして配達の時には店を休業するのです。義和は現在「日本橋振興町会」 の副会長をしているのです。大阪に来て23年、大分日本橋の水にも馴染んで来た今日この頃なのです。


パソコンのマウスを右手にモニターを


実はインターネット通信麻雀でんねん

旭 電化
大阪市浪速区日本橋4-13-21
営業時間:10:0018:30
定休日:木曜日
電話番号:06-6631-4578

 

次へ


 このコーナー、六回だけで終わるかも知れないのですけど、まあ 何処か掲載をご希望のお方は
sawada@osk.3web.ne.jp ま でメール下さい。一応、週に一度の連載を予定しているのですが、予定はあくまでも予定なんです。

澤 田沢治

日本橋電気屋物語トップへ戻る

戻 る


営利・非営利、個人・団体・ 企業問わ ず、当ホームページの画像、データなど掲載されているすべての情報において
いかなる場合においても無断で使用・転載することを認めておりません。

Copyright (C) Nipponbashi DENDEN Town All rights reserved.